「負けん気」(はてな年間100冊読書クラブ 6/100)

負けん気

負けん気

昨年現役を引退した、元中日ドラゴンズ
立浪和義さんの著書ですね。
立浪さんの、現役時代やPL学園高校時代、
小中学生の頃などを綴った、自伝に仕上がっています。
中学の頃のリトルリーグ、そしてPL学園
野球の強豪チームは、上下関係や規則に厳しかったそうですね。
もっとも、中学や高校時代に苦労を積んだお陰で、
忍耐力が鍛えられ、今では大抵のことは辛いとは思わないようです。
高校時代は、同級生の元日本ハム阪神片岡篤史さんを
気にかけたりするエピソードもあり、キャプテンらしさを発揮していますね。

  • ドラフト会議後に、自分を外した南海の監督に手紙を

そして、ドラフトで中日入団が決まった時には、
抽選を外した、南海ホークス杉浦忠監督に手紙を書いたそうですね。
ドラフト会議は、選手にとっては、「自分が希望球団に
行けるか否かが決まる」運命の会議です。
自分のことだけで精一杯になりそうな状況の下で、
手紙を書くといった、細やかな気配りが出来る、というのは凄いですね。
杉浦監督からは「こんな素晴らしい選手と縁が無かったことは
自らの不徳の致す限り」といった内容の、返信を貰ったそうです。
こういった立浪さんの礼儀正しさは、母子家庭に育ち
女手一つで自分達兄弟を育ててくれたお母さんの
姿を見て育ったことが、影響しているそうですね。
この本を読んでいると、立浪さんは昔から凄い人格者、
のように見えてしまいます。しかしそんな立浪さんですが、
現役時代は、女性関係とか、色々黒い噂がつきまとっていましたね…
この本の内容を見ると、全くもって意外に思えますけど…
まぁ自身が書いた自伝ですから、自分にとって都合の悪いことは
周知の事実でもない限り、あえて書く訳はないとは思いますが…

  • 現役晩年の、落合監督との仲は、良くなかった…?

高卒1年目から頭角を現した立浪さんですが、
2年目は不振にあえぎ、また怪我にも見舞われてしまいます。
痛む指を冷やしすぎて、指が曲がらなくなったりもしたようですが、
それでも普通に守備をこなしていたのは、凄いですね。
まさに、タイトルにもある、立浪さんの「負けん気」故のことと思います。
この「負けん気」といえば、立浪さんは、
現役晩年時の監督・落合博満監督とは、
意思の疎通が、上手く行っていなかったようですね…(^^;)
それを示す一例として、入団時の星野仙一監督や、
「10.8」世紀の一戦時の、高木守道監督などは、
本書の中にその名前が登場します。
しかし落合監督については、この本を読んだ記憶の限りでは、
その名前が一切登場しなかったような、気がしますね…(^^;)
確か、「首脳陣」という記述に留まっていたと思います。
「名前すら触れたくない」この事実からも、
両者の仲が決して良くはなかったことが、容易に想像出来ますね…(^^;)

  • 大事なことは、きちんと直接伝えること…

立浪さんと落合監督の、すれ違いを招いた原因としては、
立浪さんは「まだまだ自分はレギュラーでやれる」と思っていたのに、
サードのポジションを巡って、森野将彦選手との競争を強いたこと。
そして、ある試合の立浪さんのプレーを巡った、解釈の問題ですね。
立浪さんはそのプレーを、自分のミスとは思いませんでした。
しかし、首脳陣はミスと判断して、
立浪さんを試合の途中で、ベンチに下げました。
そして、その試合以降は、立浪さんには一切
先発スタメンの機会が与えられなかった…という事実ですね。
スタメンを外すことになった経緯等が、
落合監督や首脳陣から立浪さんに通告されなかったことが、
立浪さんの不信感を招いたようですね。
この内容を見て、本人には直接言い辛いことでも、
大事なことは、しっかりと直接伝えないと、
取り返しのつかないことになってしまう…といった感を受けました。