「古城の風景4 徳川の城 今川の城」(はてな年間100冊読書クラブ 6/100)

古城の風景〈4〉徳川の城・今川の城

古城の風景〈4〉徳川の城・今川の城

本シリーズも4作目ですね。
前巻までは、著者の故郷である三河(愛知県東部)の城が
取り上げられていましたけど、
今回は舞台を遠江静岡県西部)に移していますね。
もう一つの隣国・尾張(愛知県西部)は、
取材時に愛知万博が開催されており
宿が取り辛かったのが原因のようですね。
この本、出版はまだ新しい筈ですけど、
愛知万博なんて単語が出てくると、
城跡巡りには時期は関係ないとは言え、
なんだか時代遅れの感は否めないですね‥
さて、その遠江の国は、室町幕府の三管・斯波氏の支配から
今川義元の時代に今川氏が勢力を伸ばし、
そして桶狭間の戦いで義元が横死した後は、
武田家と徳川家の勢力争いに巻き込まれます。
義元の子・今川氏真が、忠臣・朝比奈泰朝と共に
最後に籠もった懸川(掛川)城や
武田・徳川の争い時には難攻不落と言われた
高天神城などが紹介されていますね。

  • 武田・徳川戦跡の高天神城に、今川家の内乱・花倉城

高天神城といえば、名将・武田信玄でも
落とせなかったものの、その子の勝頼によって攻略されます。
父が落とせなかった城を落とした、ということで
慢心した勝頼が長篠の戦に突入してしまう、
という、史実にも大きな役割を果たしている城ですね。
またこの高天神城、徳川・武田双方から
見捨てられた経歴を持っており、
その際には、援軍を要請した使者が
証拠隠滅のために殺されるなど、
悲劇も起こっていたようですね‥
他には、昨年の大河ドラマ
風林火山」の中でも取り上げられていた、
花倉城(花倉の乱)についての記述もあります。
今川義元が後を継ぐことになった、
今川家内部の家督争いですが、
私はドラマを見ていたこともあって、
内容は頭に入り易かったですね。

  • 家康が浜松に城を築いた理由も

そして、徳川家康が浜松に城を築いた理由
などについても推測していますね。
(家康は天竜川の東に城を築きたかったものの、
武田を敵国と見なさざるを得ず、そうすると
天竜川の西側の浜松に築いておいたほうが
西から織田家の支援も得やすいため、
浜松に築城したそうですね。)
今回の内容は、前巻までの
三河における、松平一族の勝ち抜き決定戦」
のようなマイナーな内容ではなく、
今川家の滅亡や武田・徳川の争いなど、
歴史好き・戦国時代好きな人にとっては、
知っている内容も多いので、
楽しめるのではないかと思います。