「王の挽歌(下巻)」(はてな年間100冊読書クラブ 52/100)
- 作者: 遠藤周作
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 1995/12
- メディア: 文庫
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- 毛利の脅威を退けたあと、今度は島津が‥
上巻(感想は↓)のラストは、毛利元就を退けて
http://d.hatena.ne.jp/yukino77/20060425/#p2
一息ついた間のある大友宗麟ですが、
今度は新たな敵・島津氏の姿に脅かされることになります。
島津氏に追われて救援を求めてきた、姻戚の伊東義祐の支援も意図して、
島津氏との決戦に挑みます。しかしこの耳川の戦いで
大友氏は大敗を喫してしまいますね。
この島津氏との決戦が「日向にキリスト教の聖地を作る」事も
目的としていただけに、領内でキリスト教への反発が強まり
すっかり意欲が衰えた宗麟は、自国の領土を自分で守る気力を失います。
そして本州で勢力を伸ばしている、豊臣秀吉に頼ることになりますね。
そしてはるばる秀吉に会いに大坂城に行った宗麟ですが、
「成り上がり者」の秀吉の勢力を目の当たりにし、
「自らの時代は終わった」と実感したりしますね。
- 大友宗麟、波乱万丈の一生
そして秀吉による支援で、既に秀吉の傘下にあった
嘗ての宿敵・毛利氏の軍勢と共同して
島津氏と戦うことになった宗麟、ここもまた
「自らの時代は終わった」と実感した瞬間だと思います。
妻の離縁と再婚も経て、臼杵から津久見に移って、
そこでようやく心の安らぐ日を得たって感じですね。
こうして読み進めてみると、北九州に覇を称えて
得意満面だったかと思われていた大友宗麟も、
毛利や島津といった周りの敵に常に脅かされ、
また家庭内でも父親が殺されたり、
妻との間が上手く行かなかったりと、
色々大変だったんだなぁ、と改めて実感したりしました。
なるほど、全てのものが信じられなくなって、
日本伝来の宗教ではなく、外来のキリスト教に走ったのも
無理はないかな、と感じたりしました。
- 宗麟だけではなく、キリスト教に対する挽歌も‥
宗麟の死後も、物語は主人公を宗麟の息子で後継ぎの
大友義統に変えて、ストーリーは暫く続きます。
義統は朝鮮出兵で味方を助けなかったため、
秀吉から領地の豊後を召し上げられ、
大名としての大友氏は滅亡してしまいますね。
この他、秀吉のキリスト教禁教令の発令や
伊東マンショ(上記の伊東家の関係者だったそうですね)や
千々石ミゲルで有名な、天正遣欧使節の派遣についても
取り上げられています。書名の「王の挽歌」は、
宗麟の挽歌でもあり、禁教令が発令されて衰退していく
キリスト教に対する挽歌の意味も込められていたようですね。
なるほど、「沈黙」を書いた遠藤周作さんらしいな、
と思ったりしました。